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旅行記1−鉄道旅行へのめざめ ●次の旅行記へ


■平成元年4月吉日
【下馬〜石巻〜仙台〜下馬 (日帰り)】

 私が鉄道旅行にめざめたのは、小学6年生の頃だった。
当時、毎日のように遊んでいた友達が何人か引っ越してしまったので、空いた時間を趣味に使ってみようと思い立ち、大好きな電車での小旅行を思い立った。


 まずは母親に相談してみる。2歳下の弟を一緒に連れて行くという条件のもと、電車賃と昼食代をもらえることになった。また、あまり遠くに行ってはいけないということで、当時住んでいたところの最寄り路線である仙石線の電車に乗り、仙台駅と石巻駅を往復するという計画を立て、許可をもらう。


 かくして、私の鉄道旅行の第一歩と言える小旅行が始まった。


 弟とともに最寄駅の下馬駅まで自転車を漕ぎ、自動券売機で石巻まで2人分のこども切符を買う。電車を待っている間は、何種類かある電車の行き先について弟に語り聞かせていた。
先着の東塩釜行きを見送り、しばらく待つと石巻行きの電車が到着。電車に乗り込み、兄弟並んで席につくが、仙石線の沿線が海あり、山ありでバラエティーに富んでいることもあり、退屈することもなく電車は石巻に到着した。


 当時の石巻駅は、仙石線の「電車駅」と石巻線の「汽車駅」に分かれており、電車駅のほうが利用客で賑わっていた。石巻に来たのは私も弟も初めてだったので、慣れない景色に緊張しながら、駅前の様子を伺う。しかし、今回の小旅行の目的は「電車に乗ること」だったので、特に駅前をふらふらと歩くわけでもなく、早々に駅の中へ戻ってしまった。


 私が次の目的地・仙台までの切符を買っている間、弟は行きと同じ車窓を見るのは退屈らしく、売店で漫画を買っていた。私も漫画は読みたかったのだが、当時の私は乗り物酔いがひどく、車内で漫画を読むととんでもないことになってしまうので、泣く泣く諦め、弟の漫画を横目に改札をくぐり、ホームに停まっていた快速「うみねこ」に乗り込んだ。


当時の最寄り駅だった下馬駅。
昭和63年頃の改築。
(平成8年9月21日撮影)
 私は行きと同じ景色の車窓にかじりつき、その隣りで弟は黙々と漫画を読んでいた。が、弟が漫画を読み終わると、それが気になってしょうがなくなり、結局読ませてもらうことになる。案の定、電車が仙台駅に到着するころには、すっかり気分が悪くなっていた。


 仙石線は、仙台駅の東の外れにある専用ホームに到着するが、親と一緒に何度か来たことがあるので、特別迷うこともなかった。時刻はもう昼時で、改札を通り、駅の中にある飲食店街をうろつく。弟と何を食べるか相談し、結局ラーメン屋に入ったが、ひどい乗り物酔い状態の私にはその味はわからなかった。


 昼食を終え、下馬までの切符を買う。仙台発の仙石線電車は何通りかの行き先があるが、私は時刻表が愛読書だったので、どの電車に乗ればどこへ行けるのかという知識はあった。当時は「陸前原ノ町行き」という電車も存在したが、これに乗ると下馬まで帰れないというのはもはや常識で、同級生の誰もが知っていた。


 帰りは下馬までひたすら各駅停車の旅を楽しむ。そして約30分後、下馬へ到着。こうして、私の今日まで続く趣味の基礎となった小旅行は、幕を閉じた。


 この1週間後、私は母親の承諾を得て山形へ、さらにその後すぐに福島へ旅行することになるのだが、弟はとりわけ電車が好きだというわけでもないらしく、その後再び一緒に旅行するという機会はほとんどなかった。


■後日談
 石巻駅の2つの駅舎や、仙台駅の孤立した仙石線ホーム、陸前原ノ町にあった電車区なども、今では思い出の中だけの情景になってしまった。
 それにしても、鉄道旅行にめざめた頃の最寄りの路線が、日本の鉄道路線の中でも特に個性的な「仙石線」であったことは、今後の趣味形成において少なからず影響を与えていたに違いないと、思い返す次第である。
(記:平成15年9月4日)

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