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旅行記2−切符収集へのめざめ ●前の旅行記へ ●次の旅行記へ


■平成元年6月11日
【下馬〜仙台〜(気仙沼線)〜気仙沼〜一ノ関〜(新幹線)〜仙台〜下馬 (日帰り)】

 今では駅舎の写真をとることが私の第一の趣味だが、それよりも前から続けている趣味がある。その趣味、「切符集め」にめざめたのは、小学6年生の6月のことだった。


 少し前に鉄道旅行に目覚めた私は、山形・福島・古川など近隣の都市への小旅行を繰り返し、ついには近距離切符の範囲外である気仙沼・一ノ関へと足を伸ばすことになった。何度かの小旅行の実績から母親の信頼も得ており、特に反対されることもなく、切符代をもらうことができた。


 家を出発し、最寄駅の下馬から仙石線で仙台へ。そこから快速「南三陸」へ乗り換えれば、気仙沼までは一直線だ。仙台駅のホームには「南三陸」を待つ人の列ができていて、列車の人気の高さがうかがえた。しばらくすると、「南三陸」がホームに入線。列車は2両編成のディーゼルカーで、初めて乗るディーゼルカーに緊張を覚えた。


 快速「南三陸」は順調に北上し、小牛田から石巻線へ、前谷地から気仙沼線に入る。車内は一層混雑の度合いを増し、立っている客も多いくらいだった。期待していた三陸のリアス海岸は車窓からほとんど見えず、トンネルばかりで退屈だったが、遠くまで行くという期待感で緊張感は高まり、気仙沼までの道中は退屈しなかった。


 気仙沼に到着。駅前は思っていたほどの賑わいはなく、少し拍子抜けした。次の一ノ関行きに乗るまでには少し時間があるので、駅前を歩いてみるが、特にめぼしいものもなく、駅舎内にあったハンバーガー屋でハンバーガーを買って昼食とした。

切符収集の記念すべき1枚目、
気仙沼駅の切符。感熱紙なので、
経年と共に字が薄れてゆく…

 このとき、せっかくこんな遠くの町まで来たのだから、記念に何か土産を買って行こうと思い立った。が、小学生の私にはごく限られた所持金しかなく、売店に並ぶ土産物には手が出ない。そこで私は、自動券売機で子供の最低区間の切符(70円)を買い、それを土産にすることを思いついた。切符には買った駅の駅名が刻印されるし、その駅でしか買えないので記念になる。これが、私の「切符集め」の第一歩だった。


 次の目的地、一ノ関へ向かう列車がホームに到着。しかし、それは一両だけのディーゼルカーだった。しかも扉は半自動で、自分で開け閉めをしなければならない。今まで都市部や幹線の電車に慣れていた私にとってはとても衝撃的で、しばらく呆然とその車両を眺めていた。


 単行気動車との衝撃的な出会いを果たした私は、疲れと乗り物酔いでいつの間にか眠ってしまい、大船渡線の景色はあまり見ることができなかった。目が覚めるともう一ノ関到着の間際で、駅に到着後は、一度改札を出てから最低金額の切符と新幹線の切符をを買い、仙台へ戻る。ここまでずっとディーゼルカーの旅だったせいか、新幹線がいつもより一層早く感じられた。もちろん、仙台でも、下馬でも、最低金額の切符を求めたのは言うまでもない。


 新幹線のおかげで夕方頃家に戻って来れた私は、切符集めが病みつきになり、早速自転車で多賀城駅に行き、本日5枚目の切符を買い、さらに中野栄の本屋に出かけて、6枚目の切符を買った。この日から、私の旅の目的に切符集めが加わり、財布を苦しめることになったのだ(笑)。


■後日談
 自動券売機の切符は感熱紙のため、年月が経つと印字が消えてしまう。一方、この頃にはまだ多くの駅の窓口で、硬券(厚紙に印字・消えにくい)の入場券が発売されていた。知識がなかったとは言え、この頃から硬券の切符を集めていれば、もっと価値のある「土産」になったかと思うと、非常に悔やまれるのである。

 ちなみに、度重なる旅行の旅費は、小学生のわずかな小遣いで賄えるはずもなく、母親が「かわいい子には旅をさせろ」という精神のもと、自分の小遣いやへそくりの中から捻出してくれた。「これが間違いの元だ」と笑い話をすることもあるが、本当に頭が下がる思いである。
(記:平成15年9月4日)

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