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旅行記3−初めての北海道 深名線・朱鞠内 ●前の旅行記へ ●次の旅行記へ


■平成5年8月3日
【千葉〜東京〜(車内泊)】

 私は鉄道旅行を始めた頃から、常々行きたいと願っていた場所がある。それは「北海道」だ。
 小学6年生の冬、度重ねた一人旅で自信をつけた私は、ついに母親に北海道旅行を願い出た。しかし、旅費が高額になることと、宿泊先の心配などで父親からクレームがつき、その代わりにブルートレイン「あさかぜ」を使った、山口県の小郡にある父方の実家への一人旅を許可された。


 それからもなかなか機会は訪れなかったのだが、高校1年の夏休みに、ようやく北海道旅行の許しを親から得ることができた。ほとんどの行程を青春18きっぷに頼り、全ての宿泊を列車の車中泊にするなど、かなり無茶な計画だったが、まず山口県の自宅から千葉にある母方の実家を訪れ、そこを拠点にして、その旅行は遂に現実のものとなったのだった。


 JR・地下鉄を乗り継ぎ、新宿へ。ここから夜行快速「ムーンライト」号に乗り、新潟方面を目指す。鉄道旅行に詳しい方なら常識だが、当時、東京から普通列車の乗り継ぎで北海道に行くには、最短距離の東北本線を経由しても、途中どこかで1泊しなければならなかった。だが、ムーンライトを使えば、翌朝、新潟県の村上に到着した後に、普通列車を乗り継ぎ、途中遊佐から秋田まで特急を使い、再び普通列車を乗り継げば、その日のうちに函館まで行くことができ、さらに夜行快速「ミッドナイト」を乗り継いで、翌朝札幌に到着できたのだ。


■平成5年8月4日
【〜村上〜酒田〜秋田〜青森〜函館〜(車内泊)】

 列車が新潟駅に到着した早朝、目が覚める。ぼーっとしているうちに、やがて終点・村上へ。乗り換え時間は短く、結局、村上がどんな町なのかもわからないまま、次の列車へ。


 車窓を移り行く日本海をながめながら、列車はさらに北を目指す。そして酒田へ到着。山形県屈指の都市だけあって、なかなか賑やかな町だった。この先遊佐までは区間列車も多いが、秋田との県境を越える普通列車は少ない。ひとまず遊佐で下車し、秋田までの乗車券・特急券を購入する。この区間さえ特急でしのげば、あとはまた青春18きっぷのお世話になれる。


 秋田では昼食に立ち食いうどんを平らげ、再び普通列車の旅が始まる。大館、東能代など、主要な駅に何分か停車しながら、ついに青森県へ。北海道が近くなるにつれ、気持ちも昂ってくる。途中、弘前で長時間停車があり、運動がてら大きな駅ビル(駅舎ではないそうです)をうろついてみる。地方都市の駅としては、かなり大きな駅ではないだろうか。


 日が傾き始めた頃、列車はようやく青森へ到着。疲れもでてきたが気にしない。ホームの売店で食料を買い込み、快速「海峡」へ乗り込む。夏の多客期のため、かなり長い編成になっていたが、車内は思ったほど混んではいなかった。夢にまで見た北海道はもう目前。胸の高鳴りが抑えられない。


 快速「海峡」は青函トンネルを抜け、北海道最初の停車駅、木古内に停車。既に空は暗く、周りの景色は見えない。しかし、なんとなく本州と違う空気を感じながら、見えない景色を必死で見つめていた。


 相変わらず見えない景色を眺め続けて幾時間、ついに列車はゆっくりと減速し、函館駅のホームへ。とても長いホームで、なかなか列車は停まらない。もどかしく思いながら、扉が開くのを今か今かと待ち構える。そして、そして、ようやく北海道の地に、足を踏み入れることができた。ああ、夢の北海道。空気がうまい。


 函館からは快速「ミッドナイト」に乗り、札幌を目指すのだが、発車時刻まではまだ時間がある。あてもなく駅前をうろついてみると、駅の横には、ちゃんぽんの屋台が! 遥か遠い山口の地から訪れた私にとって、長崎名物のちゃんぽんは望郷(方面)の味(!?)。 思わず注文をしてしまった。
 ちゃんぽんで腹を満たした私は、ミッドナイトでぐっすりと熟睡することができたのだった。


■平成5年8月5日
【〜札幌〜深川〜朱鞠内〜深川〜札幌〜(車内泊)】

 朝、目覚めると列車は既に札幌市内を走っており、ほどなく札幌駅に到着。このまま最短の乗り継ぎで深川へ向かっても、数少ない列車本数の深名線に乗り継ぐには時間が余ってしまうため、まずは札幌近郊の駅をいくつか周りながら、徐々に北進する。


 江別あたりまでは車窓の雰囲気も都会的で、敢えて言うなら空がきれいだというくらいだったが、徐々に車窓は自然が締める割合が増していき、本州では見ることのできない雄大さを感じることができる。


 見ていて飽きない車窓に噛り付いているうちに、列車は深川へ到着。まだ深名線ホームに列車の姿はなく、しばらく駅前を散策する。駅に戻った頃には、ちょうどホームに単行のディーゼルカー入って来たところで、早速、列車や「深川ー朱鞠内」の行先表示板を写真に収める。


 高鳴る胸に期待を躍らせているうちに、とうとう列車の発車時刻となり、列車はゆっくりと進み始めた。日中の列車だからか、車内には数人の乗客がいるのみで、赤字ローカル線ならではの寂寥感とお得感(笑)を感じた。


 途中、幌加内で数人の地元利用客が下車し、車内には私を含めて4人の鉄道ファンのみが座っている。車窓を眺める人、ノートに何かを書き込んでいる人、駅に到着する度に駅をカメラに収める人、それぞれの過ごし方を楽しんでいる。車掌氏も、おそらくいつもの光景であるこの状況を確認しながら、一人一人に下車駅を尋ね、記念のオレンジカードを勧めて回る。私も、一枚購入した。


 4人は皆、朱鞠内を目指しているらしく、途中の駅では、停車はするものの扉は開かずにすぐ発車する。それぞれの駅間も長く、各駅停車にもかかわらず、快速列車にでも乗っているような気がしてくる。これも、北海道ならではのスケールではないだろうか。


 そして遂に、列車は朱鞠内に到着。まずは窓口にて記念に何枚かの切符を購入し、駅舎や駅構内、一日6本(上り、下り3本づつ)の珍しい時刻表などを写真に収めた。それでも発車までには随分時間があるため、徒歩で朱鞠内湖を目指すことにした。


 駅前の観光案内版ではよく距離感がつかめなかったが、湖は駅からはそこそこ離れているため、なかなかその姿を現さない。しばらく歩くと湖畔駅に到着。駅名は湖畔でも、湖はまだ見えない。先程乗ってきた列車は朱鞠内止まりで、名寄方面への列車の接続もないため、湖を目指すならどのみちここまでも歩いてくるしかないのだが、観光地の下車駅という機能を全く果たしていないのがよくわかる。


 湖畔駅から坂を登ると、やがて雨竜ダムの巨大な建造物が姿をあらわし、その向こうに広大な湖が広がっている。朱鞠内湖だ。一通り景色を写真に収め、湖畔に座って疲れを癒す。広大な景色と、こんな奥地まで来たという達成感に浸り、しばらく何も考えずにぼーっと過ごした。
あまりに何も考えていなかったため、我に返ったころには、帰りの列車の時間が迫っていたのであった。


 必死で走りながら、元来た道を引き返して朱鞠内駅を目指す。「ここまで列車が来てくれたら」と無駄に思いを馳せながら湖畔駅を通過し、とにかく走る。夏の暑さや走っていることによる汗よりも、列車に乗り遅れて数時間待つことの想像から冷や汗が止まらない。何とか駅前まで辿り着いた時には、列車の発車は5分前に迫っていた。


 走ったことで喉が渇き、またお昼時なので腹も減る。駅前の売店で飲み物とお菓子を買い求めるが、お店のおばさんはとてもスローペースで、地元の方と話をしながらゆっくり商品を袋に詰める。ああ、列車が発車してしまう… そわそわする私におばさんもようやく「汽車か?」と気付き、急に手際が早くなる。おかげで何とか発車時刻には間に合い、最後の客である私を乗せて、列車の扉はゆっくりと閉まっていった。


 この列車は幌加内で行き違いを行うため、5分ほどの停車時間に記念の切符を買ったり、駅の写真を撮るチャンスがある。幌加内到着後、まずは駅の窓口に駆け寄り、入場券と両隣りの駅までの乗車券を購入。駅舎の写真もカメラに収めることができた。


 その後の札幌までの帰路については、朱鞠内で走った疲れが出たのか、目標を達成した安心感からか、断続的に睡魔に襲われ、あまり車窓の明確な記憶はなく、気付いたときには札幌へ到着していた。


 ここから函館までは、行きと同じ快速ミッドナイトを利用するが、青春18きっぷのシーズンのため、ホームには大勢の利用客が列を成している。私はしばらく時間をつぶした後、列の最後部にに加わって時間をつぶしていたが、何と、後から堂々と列に割り込んで来る大人がいるではないか。元々並んでいた利用客達からはブーイングが飛び交う。私の前に並んでいた、同年代の少年2人も文句を言っている。それをきっかけに2人の少年と私との会話が始まり、2人が私と同い年であることを知って意気投合した。列車がホームに入線するまでかなり時間があったが、2人は私と同じく、今日朱鞠内に行ってきたこと、私が乗っていた列車が幌加内で交換した反対側の列車に2人が乗っていたことなどで話が盛り上がり、お互いが買ってきた記念切符の交換などをして待ち時間を過ごしたのだった。


 ミッドナイトに乗り込んでからも、なかなか話題は尽きることはなく、ずっと2人話し込んでいた。周囲の利用客もすぐに眠ることはなく、それぞれのボックス席で話題に花が咲いていた。臨時で増結された自由席車輌のため、椅子は硬くて向かい合わせのボックス席。これでは誰も眠れない。だが、徐々に会話が減り、私の意識も遠のいていった。


■平成5年8月6日
【〜函館〜青森〜北上〜東京〜千葉】

 ミッドナイトは何事もなく、定時に函館に到着。次に乗る快速「海峡」の発車時間までは、まだ余裕がある。例の2人は朝市を見学に行ったが、私は疲れていたこともあり、2人の荷物を見張りながら、待合室のベンチで休んでいた。しばらくすると、快速「海峡」がホームへ到着。北海道との再会を誓い、列車に乗り込んだ。


 車内では、相変わらず鉄道談義に花が咲く。彼らは車両について詳しく、私は駅に詳しかったので、いろいろと情報交換もした。また、硬券(厚紙の切符)がなくなりつつあるということも、話題の中で初めて知った。


 そして列車をいくつか乗り継ぎ、北上駅へ到着。乗っていた列車はここが終点だ。彼らはこれから北上線に乗り換え、ほっとゆだ駅で一風呂浴びるという。私は当日までに千葉へ帰る約束だったので、ここから新幹線に乗り換えて東京を目指す。新幹線の改札口まで送ってくれた彼らにお礼を言って別れ、ほどなく到着した新幹線に乗り込んだ。


■後日談
 初めて行った憧れの北海道ということで、この旅行の充実感は他とは比にならないほどでした。そして私はますます北海道の虜になり、その後も何度か北海道を訪れることとなったのです。惜しむべくは、なぜ北海道初の食事がちゃんぽんだったのかということと、駅舎の写真をあまり撮らなかったことですが、それでも深名線の各駅については、しっかり車窓から撮影しており、貴重な記録として残っています。

 深名線も快速ミッドナイトも、今はもうなくなってしまいました。もう一度同じ旅をすることができないと思うと、寂しさと時代の流れを感じます。
(記:平成17年7月20日)

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