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旅行記4−駅舎撮影へのめざめ ●前の旅行記へ ●次の旅行記へ


■平成7年1月8日
【小郡〜香椎線〜篠栗線〜熊本方面〜小郡 (日帰り)】

 ご周知のとおり、私の現在の趣味は、駅舎の写真をとることである。これは、鉄道旅行好きが高じたものだが、始めから駅舎の写真を撮り続けていたわけではなかった。私が駅舎、それも木造駅舎などの古い駅舎の撮影にこだわるようになった背景には、一つの出来事がある。


在りし日の雁ノ巣駅舎(車窓より)
 平成5年の春、私は友人と一緒に、青春18きっぷを使って福岡・唐津方面へ旅行に行ったのだが、その道中に立ち寄った香椎線で、大きくて立派で、しかし無人化されてぼろぼろの雁ノ巣駅駅舎に出会った。友人に遠慮して下車はしなかったが、私は駅舎の雄姿にすっかり魅入ってしまい、呆れる友人を尻目に、車窓から雁ノ巣駅駅舎の写真を撮りまくったのだった。


 それから1年と数ヶ月。ようやく機会を得て、「雁ノ巣駅との再会を果たすことができる」と喜び勇み、香椎線の列車に乗ったのだが… あの駅舎は既になく、またあろうことか、駅舎跡には簡素な軒とベンチがあるだけで、あとはコンクリートのたたき(土台)が旧駅舎の面影をわずかに残すのみ… 私は呆然とその場に立ち尽くした。


 せめて車窓から写真を撮っておいてよかったと無理矢理納得し、次の目的地・酒殿へと向かう。確か酒殿もぼろぼろの駅舎が、現役で頑張っているはず… しかし、そこで目にしたのは、雁ノ巣と同じ、簡素な軒とベンチだけだった…


 気分が沈んだまま、次の目的地・須恵へ。駅舎はプレハブの仮駅舎で、隣りでは新駅舎の建設が進んでいる。ここは平成4年の冬に訪れ、明治生まれの古い駅舎に感動したが、当時の私はカメラの撮影対象が気まぐれで、ここの駅舎の撮影はしていなかった。後悔してもしきれない思いだったが、この駅だけは、既に駅舎が解体されていること知っていたので、改めて衝撃を受けることもなかった…


 列車の待ち時間に、須恵の駅員さんに近隣の駅舎についてお話を聞いていたが、酒殿の駅舎は最近、駅を溜まり場とする心無い若者たちによって燃やされたとのこと。いたたまれない気持ちでいっぱいになった。時代の移り変わりを何十年と見続けてきた、街の顔である駅の建物が、いくらでも防げるような理由で失われてしまうとは… そのとき、私の脳裏には、今まで旅先で出会った数々の木造駅舎が浮かんだ。あの駅はどうなっているのか… あの駅は大丈夫だろうか…


 香椎線を後にし、篠栗線の原町駅を訪れた。ここにはまだ古い駅舎が残っていたが、壁面にはスプレーで落書きがなされていた。まるで古い狭い木造駅舎を憎んでいるかのように…


 その後私は熊本方面の駅をいくつか訪れたが、大野下、肥後伊倉には古い木造駅舎が残っていた。古いながらも手入れは行き届いており、待合室も居心地が良い。荒尾、木葉にも、なかなか感じの良い駅舎があった。この辺りには、まだ駅舎改築の波は届いていないらしい…


 今回の出来事に衝撃を受けた私は、今まで気まぐれだった旅行の目的を絞り、木造駅舎を優先的にまわることを決意した。また、いつ駅舎がなくなったり建て替わったりするかも知れないという不安から、なるべく多くの駅舎を写真に撮って残そうという信念が芽生えたのだった。



■後日談
 これが私の「駅舎撮影」の原点となったわけだが、この後すぐに、同じ福岡県内の香春駅にあった、個性的な木造駅舎も消失した。木造だから燃えやすいのは当然だが、ふとしたきっかけで古い駅舎が失われてしまう… これは気持ちとしてやりきれない。他にも、老朽化、手狭になった、維持費がかかるなど、様々な要因で木造駅舎は急速に建て替えが進んでいる。私も全てを残すというのは無理だと思う。しかし、建て替えるだけが唯一の方法かと言えば、それも違うだろう。

 日本の鉄道の歴史は、100年を超えた。古い木造駅舎の中にも、100年の歴史を刻み、刻もうとするものがある。そろそろ木造駅舎も、日本の近代史を支えてきた文化財として、価値を認められてもよいのではないだろうか。
(記:平成15年9月4日)

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