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旅行記5−山陰傷心旅行 車編 ●前の旅行記へ ●次の旅行記へ


■平成12年8月14日
【全行程車:小郡〜江津〜出雲市〜出雲大社〜日御碕〜玉造温泉〜松江 (泊)】

 当時の私は、企業実践ということで、通っていた学校からとある企業に送り込まれていた。が、この旅行の少し前に、企業実践が打ち切りになってしまった。秋からは学校に戻ることになったが、夢にまで見た仕事の道が遠のいてしまったことに、私はすっかり気落ちしていた…


 傷心のまま山口へ帰省。近所にある彼女の実家より車をお借りして、気晴らしに泊りがけで山陰方面へ旅行することにした。計画自体は前からあったが、なかなか機会に恵まれず、ようやく実行に移すことができた。ただし、彼女は他に都合があるので、今回は私一人での旅行となった。そのため、長時間の運転で過労にならないよう、ゆっくりとしたペースの計画をたてた。


 14日朝、小郡の実家を出発。江津までは既に訪駅済みなので、国道9号線を無理なく走行し、11時過ぎに最初の目的地・浅利駅に到着する。ここの駅舎は銀行として使われていて、素朴さという面では少し物足りない。だが、黒松・馬路・五十猛の駅には駅舎自体が既になかったので、駅舎が残っているだけましだ。石見福光・湯里・静間の駅には良質の木造駅舎があってよかった。


 山陰本線は木造駅舎の宝庫で、古い面影をよく残す駅舎が、ほとんどの駅で残っている。夢中になって駅をまわっているうちに、時刻は夕方になり、出雲市に辿り着く。出雲市駅は高架になったばかりで、駅前の整備はまだ追い付いていない。日が暮れるまでは駅舎の写真を撮ってまわろうと思ったが、実はまだ一つも観光をしていない。せっかくここまで来たのだからということで、出雲大社と日御埼を観光。日没後に玉造温泉で身体を休ませ、松江のビジネスホテルに,寝床を求めた。


■平成12年8月14日
【全行程車:小郡〜江津〜出雲市〜熊本方面〜松江 (泊)】

 2日目の朝。天気が良好なので、予定を早め朝7時に出発。山陰随一の商都米子を目指す。松江と米子は、県こそ違うものの距離はそれほど離れていなかったので、すんなりと到着することができた。米子からはすぐ松江に戻って一畑電鉄の訪駅をする予定だったが、急遽、境港線の訪駅を予定に組み入れた。


 大篠津の駅舎の古さと、駅前の何もなさに感動しつつ、境港で正午を迎える。有名な「ゲゲゲの鬼太郎」モニュメントに心癒されたところで、中海を突っ切って松江に戻る。運転のし過ぎでかなり疲れてきたが、今度は時間的に余裕がなくなってきたので、食事もとらずに走り続ける。


 一畑電鉄の駅を一通りまわる。近年建て替えが進んでいるらしく、木造駅舎が少なかったのは残念だった。さらに昨日の撮りもらしである荘原〜玉造温泉駅へ逆走し、なんとか日没までに予定の駅を全部訪駅することができた。結局この日は何一つ観光らしい観光はできなかったが、米子から境港までの砂洲独特の風景や、境港の鬼太郎モニュメントが見れただけでもよかった。


 時刻は6時30分、これから小郡へ帰ることを想像すると、気が重くなった。「こんなときに特急おきに乗りたいなぁ。おきって便利やなぁ」などと訳の分からないことを考えながら、運転マシーンと化してひたすら国道9号線を西に進み、沈みかけの夕日を眩しく感じつつ、やがて暗闇に包まれた道路を吸い込まれるように走り続けて5時間。「小郡7Km」の道路標識に狂ったように歓喜しながらラストスパートし、無事全行程を終了した。


 成果は満足いくものだったが、後日、腰が痛くて歩けなくなったのは言うまでもない。


■後日談
 一人で2日間ぶっ通し運転は、もうできません。思えばこのときから、慢性的に腰の具合が悪くなったような気がします。
(記:平成15年9月4日)

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